ササノコウ

酔いどれ酒匂ささの呟き 時々 活動記録
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# 週刊ササノコウ 第19回「夢幻の船」
 細かい粒子の、ひとつぶひとつぶが肌を撫ぜていくかのような厚い靄だった。


 背後に視線を投じれば、世界は概ね白濁。すべらかな乳白色の粒の群れへ、何もかもすべて呑み込まれてしまったようだ。そのうちに、白濁は私のことも呑み込むだろうか。白い靄がのたりもたりと蠢いて、足先、胴回り、首の辺りからゆるゆると私を浸食する。底のない沼へと沈み込んでいくような抗いがたい感触を想像して、身体はぞわりと興奮にふるえ、口元は自然と笑んだ。掴んでいる細い梯子を手放せば、私は一瞬で真っ白になる。白になって、白濁に溶けて、意思もなく意味もなく漂う粒になる。

 昂って、は、と浅く息を吸ったら、磯臭さがツンと鼻をついた。白濁した世界の中で紛れもない現実の臭いに私は我にかえった。梯子に捕まったまま船腹でじっと縮こまっていたのは休息の為で、では、そうしてこの船の甲板を目指すのは、一体何の為だと思ってか。私は、まだ手を離すわけにはいかないのだ。途端に靄の感触はさっと私の身体を離れ、じっとりと湿った皮膚が急に冷たく感じた。

 巨大な船の腹を登っていく私は、今や小さな蜘蛛の心地だった。一定のリズムで、目の前にある磨かれた金属の梯子を私は音もなく登っていく。仮令ほんの僅かな音を立てたとしても、頂上の連中は気にも留めないだろうに。そうは思ったが、しかし万に一つでも、私は気付かれてはならない。私は私にそう言い聞かせ、無音で慎重過ぎる、ということは決してないだろうと心の中で小さく頷いておいた。こうも静かだと、大声で喚き散らして沈黙の重苦しさを打ち払ってしまいたい衝動に駆られる問題を除けば、全ては至極順調だ。

 不意に視界が晴れた。さして登ったつもりはなかったが、いつの間にか随分と高い所まできていたようだ。見上げれば梯子の終わりがはっきりと見えた。甲板の淵まで、もう数メートルのところまで来ていた。

 厚い靄のフロアを抜けたその上はただただ青かった。空の青だ。一方足の下には、先程まで自分が埋まっていた白濁がゆるゆると蠢いている。子供の頃によく夢想したものだが、白い雲に似たあの靄に飛び込んでみたらどうだろう。ふわふわとした大きな綿の塊、綿飴、そんな柔らかな白濁に沈む感触。そんな風ならいいと、私はただ幸せな想像にひたった。仮令、落ちれば真逆様に靄を通り抜け、海面に叩き潰されるだけと知っていても想像は幸せに満ちていた。

 私は梯子の、最後の段に手をかけた。きゅ、と知らず滲んでいた掌の汗が微かに鳴って、意識が細く鋭くなる。全身をすっと冷たいものが走った。大丈夫。気付かれない。飛ぶんだ。勢いをつけて、さあ一気に甲板へ。

 そして、腰に吊るした短銃をさあ抜くのだ。


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