ササノコウ

酔いどれ酒匂ささの呟き 時々 活動記録
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# 週刊ササノコウ 第16回「沈没船」
 久しぶりに、湯船に湯をはっている。
 とっぷり暮れた夜の浴室は、何だか空々しく明るい。

 この湯船を使うのは何時ぶりだろうか。髪の毛やほこりや、水垢の乾いたのがこびりついた湯船を、私は何かに取り憑かれたかのように磨いていく。探し出したスプレーの洗剤をこれでもかとまき散らし、台所から持ち出したストックのスポンジで力任せに擦る。ロール式の蓋の上は、つい捨てずにいたシャンプーボトルやら古いカミソリやらの墓場と化していた。いい機会だ。墓場のあれこれは大雑把に分別して、全てゴミ袋に突っ込んでやった。

 何年も前に買ったTシャツの袖をまくり上げ、シャワーで勢いよく泡を洗い流していく。履いていたスウェットのパジャマはすぐに濡らしてしまったから脱ぎ捨てた。量販店で買ったボクサーショーツ一丁のあられもない姿になったが別に構いやしない。非難をする人間は、気にしなければならない人目はもうない。

 昨日と今日との境界線ちょうど。
 律儀なのか馬鹿なのか、今日出てくよと、彼は宣言通りにこの部屋を出ていった。

 別れて。もう、一緒にいるのに疲れたからと言ったのは私。分かった。じゃあ、荷造りして今日出てくよと頷いたのは彼。この部屋にある荷物はほとんどが私のもので、まあ元々が私だけの部屋だったのだからそれも当然なんだけれど、ともあれ彼の荷物は半日もかからずに綺麗に片付いてしまった。それも彼のいたスペースがぽっかりと空白になるようなやり方じゃなく、溢れていた私のもので全ての空白を埋めて、まるではじめから彼がいなかったかのように綺麗に整理してしまった。

 日付が変わり、じゃあ今までありがとうと静かに言って彼がいなくなってみれば、この部屋はもう、ただの私の部屋だった。不自然なくらいに私だけの、私の部屋。乱雑な私の色ばかりが目につく、けれどいつもより少し綺麗で落ち着ける部屋。あまりにもあっけなく、するりと、彼は私の生活からいなくなってしまった。

 本当は「別れて」を言う日のことを随分と前から考えていた。色々な形で、例えば泣きながらとか、今までの鬱憤をはらすべくヒステリー気味に怒りながらとか、もしくは美しい思い出にまとめるべく困ったように微笑みながらとか、とにかく私は頭のなかで何度も色んな「別れて」を彼に言い続けてきた。彼は彼で、私の頭のなかで何度も何度も「分かった」と繰り返す。不思議なことに彼が「嫌だ」とか「別れたくない」と言うシーンは一切想像しなかった。

 そして今日、実際に口にした「別れて」は、蛇口を閉め忘れたときみたく、はっと気づいたら流れていたのだ。よくある話。とても自然な別れ話。きっともう少し早く蛇口を閉めていたなら、今も彼はここにいて、私はシャワーだけの風呂を済ませていた。

 ぼんやりと考え事に耽り、腰掛けた椅子が濡れているのも気にならなくなった頃、湯船には並々と湯が満ちた。白い湯気がふよふよと浴室の天井へのぼっていく。追って見上げた天井は、記憶よりも随分とくすんで汚かった。明日にでも、もしまだその気があったなら、掃除をしてみるもいいだろう。きっと、しないだろうとは思うのだけれども。

 湿ったTシャツと、すっかり濡れたボクサーショーツを洗濯機へ放り込む。
 かけ湯もせずにそろそろ足を入れた湯船のなかへ、とぷんと沈んで私は泣いた。
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